指圧で日本を変える
気療で世界を変える

治療家としての別れめ

父親への1回目の気療が終わりその後の変化を診ていました。

しかしそれ以後1回も激痛が来る事もなく治ってしまいました。流石に私の方が驚きましたが、父親には『治って当たり前ですよ』みたいな顔をしていました。

すると程なくして父親が家の駐車場を改築していました。父親は工務店を経営しており時々思いたっては家を作り直したりしていました。

また何か作るのかなぁと思いながらあまり気にしていませんでしたが、ある程度完成した時に父親に呼ばれました。

『ここで仕事しろ』と言われ良く見ると治療院を作ってくれていました。

びっくりしたのと嬉しかったのを今でも覚えています。それからの父はお会いする人に私の事を宣伝してくれるようになりました。

今考えてもあのタイミングで父親の足がおかしくなり、1回の気療で治ってしまい、その事で私を疑っていた父親が1番の力になってくれた事が不思議でなりません。

奇跡的に全てが上手く重なった感じがします。ですので父親の足の激痛は私にとっては治療家としての今後の人生を試されたのではないかとさえ思えた出来事でした。

あの時の出来事がなかったらまた違った人生を歩んでいた訳ですからとても感慨深いものがあります。

とりあえずあの時治って良かったと今でも時々思い出します。

気の力は凄いのですが

気療は患者様のお身体に触らずして治す事が出来ます。その為気療をご理解頂くのはとても難しいものがあります。

やはり『怪しい、インチキではないか』と思われる事が多く悔しい思いをして来た事があります。

私が開業した12年前に比べると『気の力』というものが徐々にですが認知されるようになり、一般的にご理解頂けるようになったかと思われます。

当時開業を間近にした私には1つの問題がありました。

それは父親が納得していないという事です。『訳のわからない事をやるな。やるなら勘当する』というものでした。

厳格な父がこう思うのも無理はありません。

唯一理解者であった母親と相談しながら今後の開業に向けての話し合いを続けていました。

そんな時父親に原因不明の激痛が右の足全体に走るようになったのです。

初日は2〜3回だったものが日に日に回数が増え僅か1週間で50回以上の激痛が走るようになりました。

その激痛は15〜20秒程で治るものの父親にとっては日に日に増えて来る回数といつ激痛が襲って来るかわからない状況に精神的に参っていました。

2ヶ所の大きな病院で診てもらったものの原因は判りませんでした。

それが益々父親の不安を加速させる事になります。

このような状態が一生続くのではないか?と思ったと思います。

母親からそのような相談を受けた私は治す自信がありました。しかし当の父親が私の治療を拒んでいました。

次回はこの続きを書いていきたいと思います。

気療をとことん試してみる

椎間板ヘルニアの治療をきっかけに様々な症状に挑戦する事になります。

手足のシビレ、偏頭痛、喘息、口内炎、慢性の肩凝り、腰痛、手術を必要とする股関節の痛み、正座が出来ない方、うつ病、むち打ち、寝違い、メニエール病等。

1年半の間に80人の方に気療を試させて頂きました。そしてその殆どの症状を完治させる事が出来ました。

気療のボランティアを始めて半年後に手の平に邪気(疲れ)を感じとれるようになり、そこで気の力がどのように身体に作用しているのかを確認出来るようになりました。

ある日気の力で身体から邪気が抜けて行くスピードと指圧で抜けて行くスピードの違いに気付きました。

指圧で効率的に抜けて行く邪気は比較的浅い所にあるもので、気の力で抜けて行く邪気は深い所にあるものに効率的である事が判りました。

川の流れで例えると本流に影響を与えるのが気の力で本流から枝分かれした支流にアプローチ出来るのが指圧であるという事です。

ですのでその方の邪気(疲れ)の溜まり具合を把握して指圧を使うか気療を使うかをその都度変えて行けるようになりました。

いかに邪気(疲れ)を排出させる事が出来るかがポイントですので患者様のお身体の状態に合わせて指圧と気療を効果的に使い分け出来るようになりました。

さすがに疑い深い私でも気の力と指圧の力を確信しました。

次回はこの続きを書いていきたいと思います。

またまた椎間板ヘルニアに挑戦

初めて気療を試し椎間板ヘルニアが治ったという事実は1回だけなので確信に至るにはこうした事実を積み重ねて行く必要がありました。

スーパー銭湯の常連さんで同じく椎間板ヘルニアで足を引きずって歩く60代の男性の方がいらっしゃいました。

その方はすぐにでも手術をしなければならないとお医者さんから言われているとの事でした。

気療の事をお話しさせて頂いたところ、もし治る可能性があるのであれば試してみたいとおっしゃって頂きました。

実際治療を始めるとお一人目の方と同じく6回目まではなんの変化もありませんでした。

7回目に触診を行ったところまたしても急激に筋肉が柔らかくなっていました。

さすがに驚きました。

そして今回も治るのでは?と期待しました。

筋肉が緩んだ辺りから痛みが半分位になり自転車にも乗れるようになりました。

最終的に18回で完治しました。

気の力だけでお二人続けて椎間板ヘルニアが治った訳です。

1番驚いたのは私だったかもしれません。絶対に治ると信じてはいるものの結果が出るまで不安は常にありました。

しかし今回の件で2回もまぐれで治る事はないだろうと思いかなりの自信になりました。

まだ2例だけですので確信にまでには至りませんでしたが、もっと様々な症状にも試してみたいと思う気持ちが強くなりました。

それからの私はボランティアで様々な症状に挑戦していく事になります。

次回はこの続きを書いていきたいと思います。

椎間板ヘルニアに挑戦

今でこそ疲れに対する感知判別能力がありますので、安心して治療出来ますがその時はまだその能力を獲得しておらず気療を信じるしかありませんでした。

その方には1週間に2回来て頂き私の仕事が終った後に治療する事になりました。

いざ気療を試してみるとなんの手応えもなく(今では手のひらに患部の波動が入って来るようになりましたが)暖簾に腕押しといった感じでした。

最初の4〜5回はなんの変化もなく症状も変わりませんでした。7回目に来て頂いた時に触診をしたところ急激に筋肉が柔らかくなっていました。

その方は電信柱一本分を歩くと痛みで歩けなくなり少し休むとまた次の電信柱まで歩けるといった状態でした。

その繰り返しで駐車場から会社までの距離がとても辛かったそうです。

筋肉が急激に緩んでいたので症状を伺うとここ2〜3日は駐車場から会社まで一気に歩けるようになったと報告して頂きました。

私は心の中で『これは本当に治るかもしれない』と嬉しくてワクワクした気持ちでいっぱいになりました。

筋肉が緩んでからはどんどん回復していき計14回で完治しました。期間にして約2ヶ月で完治してしまった事実に私自身も驚きました。

神沢先生の言葉を信じ気療の力を信じ、やって本当に良かったという喜びと、結果が出せてでほっとした気持ちに包まれました。

その方にも喜んで頂きこれまで味わった事のない充実した気持ちになりました。

それでも疑い深い私はまだ1回しか結果を出していないのだからと自分の力を信じきれていませんでした。

1回治した位ではたまたま治ったか、治る時期だったから自然に治ったものなのかという疑問が払拭出来ませんでした。

そんな私はその疑問を払拭すべくすぐさま次の方に声をかける事になります。

次回はこの続きを書いていきたいと思います。

治したいという気持ち

ようやくチェンジアップ現象も収まり身体の調子も上がって来ました。うつ病も7割位は治って来ました。

うつ病の症状自体は治っていましたが、長年染み付いた不快な記憶だけが残っているような状態でした。

そんな時神沢先生と気のエクササイズをしている時に『大分力付いてきたね〜。そろそろ治せるじゃないかな』とおっしゃって頂きました。

私は嬉しくなり早く自分の力を試してみたいと思いました。

その後将来独立したいと考えていた私は勉強の為にスーパー銭湯にあるマッサージ店で働く事になりました。

マッサージの仕事は楽しくもあり厳しくもあり自分の頑張りが直接返ってくるのでとてもやりがいを感じていました。

その時の私は東洋医学研究学院で習ったマッサージの技術を色々試してみては改良と改善を繰り返していました。

それでも完治までには至らず試行錯誤していました。

せっかく来て頂いてマッサージしても3日もすると元の状態に戻ってしまうという現実に、私の技術の足りなさを痛感しお客様に対して段々心苦しくなって来ました。

マッサージは本来そんなものだと思っていらっしゃる方が殆どだと思いますが、何故か私はマッサージでどこまで良くなるのか?出来たらマッサージだけで完治させたいと強く思っていました。

しかし現実には簡単ではなく『大分軽くなったよ』と言って頂けるのが精一杯でした。

そうしたモヤモヤした気持ちが常にあり早く気療を試してみたいと日に日に思うようになりました。

気療は身体に触れずに気の力だけで治す事が出来るのですが、その当時は気というものがまだ広く知られていない為に一般の方に治療するという事はかなり難しいというのが現状でした。

変な宗教みたいですし、身体に触れずに治すなんて頭がおかしいのではないかと思われるのがおちです。

そんな時にマッサージに来て頂いたお客様が椎間板ヘルニアでとても辛そうになさっていました。初対面でしたが思い切って気の治療をすすめてみました。

後で考えると実績もない私がいきなり椎間板ヘルニアの治療を申し出るなんて考えられませんが、何故かつい言ってしまったのです。

その方は以外にも快諾して頂きボランティアですが治療させて頂ける事になりました。

いざ治療となると結果を出さなければならないというプレッシャーが襲って来ました。

それでも神沢先生に言って頂いた言葉を信じ頑張る事にしました。

次回はこの続きを書いていきたいと思います。